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2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事


「昔はこんなに人は来なかったんだ。」

振舞われたにごり酒を飲んでいた時、
隣に居た初老の男性が語りかけてきた。
「鉄工所をやっていてね、昔からこのお祭りは見てきたが、
 いつのまにやらこうなってたよ。」

金山神社の祭神、金山比古神・金山比売神は
その名の通り、金属工業や鍛冶の神様である。
吹差ふいごを操り火を生み出すことが性行為を連想させ、
(吹差ふいごは、箱から飛び出たハンドルを
 前後に出し入れすることで風を起こす)
それが安産、多産の信仰へと繋がったようだ。
ちなみにイザナミが火の神ホノカグツチを産み、
出産の際の火傷に苦しんで出した嘔吐物が、
金山比古・金山比売である。

社殿も鍛冶場をイメージしたものだし、
絵馬殿には金床(鉄を打つ台)と男根が合体したものが置いてある。
それが性の神様としての認識が大きくなったのは、
やはりかなまら祭の影響が大きいだろう。
江戸時代、川崎宿の飯盛女(売春婦)の願掛けにより、
始まったとされるかなまら祭。
伝統ある行事ではあるが、さすが性の祭だけあって寛容で、
女装クラブ・エリザベス会館の奉納をも受け入れた。
それがモロ出しピンクのエリザベス御輿なのである。
そのような性的嗜好を受け入れた先進性が注目されたか、
もしくはエリザベス御輿の非常に分かりやすい造形が目を引いたか、
とにかくかなまら祭はメディアに露出する機会が多くなった。
特に海外では、”歌麿フェステバル”として
脚光を浴びるようになったようだ。
また、1998年に男性同士のカップルが神前結婚式を挙げたことや、
先代宮司が、性病の神様としてエイズ問題に取り組んだことも、
金山神社の知名度を高めることになったのだろう。

鉄工所のおやじさんたちや、地元の信奉者の手を離れて、
かなまら祭は今や世界的に有名なフェステバルとなったのだ。




和太鼓の演目が始まり、境内がざわめきだした。
人が境内から街中へ移動し始める。
そろそろ出発だ。
鳥居から真っ直ぐ伸びた参道の先、
人の波の隙間から、チラリチラリ御神輿が見える。
錫杖を突いた先達、大きな扇を抱えた神官、
背の高い天狗面の猿田彦、朱の傘の祭主、
黒い男根舟形御輿、次の御輿は御神体かなまら、
その先にかすかに見えるのは、人波にそそり立つピンク。
桜の咲き乱れる境内を、勢いよく飛び出していった。

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行列はしばらく真っ直ぐ進んだ後左に曲がり、
川崎大師の門前街に入った。
趣のある商店街を3体の男根が練り歩く。
先頭の黒は凛々しく、真ん中のかなまらは荒々しく、
しんがりのピンクは華やか(?)に。
「でっかいまら!かなまら!でっかいまら!かなまら!
 でっかいまら!かなまら!でっかいまら!かなまら!」

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行列は周りを圧倒しつつ練り歩き、
川崎大師の横まで行くと引き返した。
御神体のかなまら様の御輿は、
辻ごとに担ぎ手が交互に飛び跳ね揺さぶる。
奮い立たせるように。いきり立たせるように。
かなり激しい運動であることは、見ている側でも想像できる。
その為か練り歩きも後半になってくると、
担ぎ手が疲れ果て、御輿は制御を失い右へ左へ蛇行する。
時にはその場で崩れかかり、傾いたまま止まってしまうこともあるが、
観衆の声援を浴び、精力を振り絞ってムクムクと立ち上がる。
あたかも、、、いや、例えるのはやめておこう(笑)

正直なところ、こんなに激しい祭だとは、夢にも思わなかった。
一方、エリザベス御輿の方はすこぶる楽しそうだ。
ピンクの衣裳をヒラヒラさせ、化粧をバッチリ決め込んで、
観衆の黄色い声に手を振りながら、それでいて野太い声で、
「でっかいまら!かなまら!でっかいまら!かなまら!」
この時ばかりは男としての本性が出てしまうようだ。
周りの人も浮かれて踊り出すしまつ。
「でっかいまら!ちっちゃいまら!」
エリザベス御輿の周囲には、妙な一体感が充満していた。

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鳥居をくぐり、行列は境内に戻ってきた。
広い街中と違って、境内の空間は狭い。
私は「まずいかな」と思いつつ荒ぶるかなまら様の側にいたが、
案の定、精根尽きてフラフラの御輿はぐらつき、
何度も周りの観衆を巻き込みそうになる。
私はその都度、植木の中に押しやられ、体中が痛かった。
そのような中、最後の一仕事。
御輿の担ぎ手たちが、一斉に上下運動を始めたのだ。
御輿はグラングランと揺れ動く。絶頂に達するがごとく。

大歓声の中、祭は終わった。
始まる前の厳格な表情とは打って変わって、
とてもにこやかな顔をした祭主の女性から
一言、挨拶があった。

「ごちそうさまでした。」

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もうお腹いっぱいである。

 完



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神事は荘厳な雰囲気の中、始まった。
鉄板貼りの八角形の社殿の内部は、中心に炉と吹差ふいごを備え、
正面に腰を据えた神官が、火打ち石で火を熾す。
火種から火を熾し、社殿の外に並んだ篝火に火をつけた後、
炉に火を移しふいごで風を起こすと、
あれよあれよという間に火が勢いを増していく。

かなまら祭の始まりだ。

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4月の第1日曜日、川崎大師にほど近い若宮八幡神社摂社、
金山神社で執り行われる祭である。

神官が炉に奉納された絵馬を投げ入れる。
側に山積みにされている絵馬は、
主に子授けや安産の願いが掛けられているようだ。
これは、金山神社の祭神、金山比古神ならびに金山比売神が、
鍛冶と性の神として信仰されているからである。

社殿の奥では、神官たちが祭祀を進めていく。
祝詞を奏上し関係者による玉串奉奠。
その間も、炉の前の神官はふいごを操り、
大量の絵馬を焚いていった。

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炉に火を入れ篝火に点火する”御火取祭”が終わった頃には、
境内は大勢の観客にあふれていた。
決して大きいとは言えない境内、もう身動きも取れないほどだ。
このお祭りは、御輿の練り歩きが有名で、
特に海外から沢山の見物客が訪れる。
司会進行も日本語と英語を駆使し、とてもインターナショナルだ。

金山神社の左脇、若宮八幡神社の社殿前で、
稚児舞が奉納される。
白と赤の巫女装束に身を包み、額には金の髪飾りがキラキラと揺れる。
相当練習したのであろう、幼いながらも凛々しく清々しい舞。

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絶賛の拍手が続く中、「おか~さ~ん!」と走っていったのは
ご愛敬である。





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しばらくすると、御輿に御霊を入れる儀式が始まった。
境内に並べられた御輿は3台。
それぞれ特徴的な形をしている。
性の神様らしく、男性器の形である。
3台の中で、一番最初に御霊を入れたのが、
おそらくメインの御輿なのであろう。
金山神社の額を頂く社の中には、木で出来た荒削りの男根像。
そしてその前には鉄製の魔羅、つまり”かなまら”である。

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祝詞を奏上し、玉串を捧げ、いざ御霊を入れる。
「ぅぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ~」
突然のことに、ぞくっと身震いした。
ひげ面の大きな神官が、腹の底から雄叫びを上げたのだった。

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他の2台の御輿は、先のかなまら大御輿とは離れた位置にあった。
どちらとも、先の御神体よりも大きく、分かりやすい形をしている。
片方は漆黒で艶々と、舟の上に直立しているかなまら舟御輿。
もう片方はピンク色でむき出した。





















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その名をエリザベス御輿と言う(笑)

つづく









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