2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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10月14日

白樺湖からさらに北東に、雨境峠へと続く道を行く。
女神湖を通り過ぎ、夢の平に至る…
どうして高原リゾートというと、
こんな恥ずかしい地名を付けたがるんだろう?
これこそが、私がビーナスラインに近づかなかった原因の一つである(笑)

それはさておき、目的地は蓼科牧場の北にある鳴石。
縮尺の足りない地図でも場所が明記されているほどなので、
相当知名度の高い遺跡に違いない。
鳴石のあるべき場所に車を乗り付け、辺りを見回すと…

一面の雑木林だ。
一応車を停めておくスペースはあるのだが、
古びた施設があるだけで、案内も何もない。
意を決して、低木をかき分け入っていった。

たまに人が通るらしく、申し訳程度に道筋はついているのだが、
これがどこに通じているのかが分からない。
辺りにはベニテングダケが沢山生えているし、
油断したら蜘蛛の巣にやられるし、で苦闘すること約20分。
牧場の柵を見つけたので、柵に沿って進んでいくと、
やっと普通に歩ける道に出た。
もちろん舗装などされていないが、土が堅いだけまだましだ。
そして、とうとうたどり着いた。
これが鳴石なり!!


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うかつだった。
道の向こうに牧場の喫茶店が見える。
なんと、牧場の駐車場から簡単に来ることが出来たようだ…

それはともかく、鳴石は鬱蒼と茂る林の、
木々がぽっかり開けた空間の真ん中に、デンと鎮座していた。
鏡餅だとかハンバーガーのような、と形容される鳴石。
たしかにおいしそうな形をしている。

その昔は鏡石とも言われていたらしい。
まさか鏡餅に似ているから…?
一般的に鏡石というと表面が平面になっていて、
影が映るほどツルツルな石だったはず。
そう思って調べてみると、鏡石には人が屈んでいる姿を現す、
との見方もあるそうだ。
人が屈んでいるというなら、何かを拝んでいると相場が決まっている(笑)
写真を見ると、下の石が少しずれてはみ出しているのだが、
これを屈んだ人の足と見立てると、なんと!
蓼科山に向かって拝んでいるではないか!


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鳴石は人の手によって重ねられたことが分かっているらしく、
明らかに祭祀の為に作られた施設である。
ものの話によると、人の手によって組まれた石は、
そのもの自体が神なのではなく、
そこに神を憑依させる依り代なのだという。
そう考えると、霊能者が霊を降ろそうと、
神棚に向かって拝んでいる姿に見えてきた。

実は鳴石が祭祀施設だということは、別にいま思いついたわけではなく、
ちゃんとした発掘調査によって証明されているのだった。
5世紀頃から中世にかけての、雨境峠を中心とした祭祀遺跡群なのだ。
女神湖周辺から雨境峠にかけて、沢山の祭祀遺跡があるなかで、
鳴石と女神湖畔の鉤引石は、特に古代人が神聖視した石で、
周辺からは滑石性の幣(玉類)が出土しているそうだ。
(鉤引石は見つけらなかった…)
蓼科山から等距離にある白樺湖の御座岩遺跡からも、
滑石の幣が出ているように、この辺りでは蓼科山が信仰対象になっているようだ。
諏訪富士と呼ばれるその雄姿を、当日はあまり意識してなかったので、
今度行ったときはよく拝んでおこう。

ところで、鳴石を叩いてみるとカンカンと気持ちの良い音がする。
石質によるものなのか、はたまた下の石とのわずかな隙間のもたらす音なのか?
ともかく音のすることがその名の由来になっている。
誰もいないのを良いことに、いっぱい叩いてみたり、上に乗ったり。
そういえば、この石は祟りの伝承があるんだった…

「ある時石工が玄翁にてこの石を割らんとすれば、
 山鳴り谷にこたえて曇り、火の雨降り石工は悶死する」

悶死…
叩くのはほどほどにしておこう。


帰りは牧場の喫茶店で、ホットミルクを飲んで帰りましたとさ。
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10月14日

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白樺湖北岸では昼食に恵まれなかったが、
あてもないので南岸にまわってみた。
いかにもリゾートな店が並んでいてゲンナリだったが、
奥まったところに新蕎麦の文字が見えた。
朝日が丘という店。
民宿を兼ねているというが、リゾートに似つかないこじんまりとした店だ。
案外お客が入っていて、しばらく待つことに。

田舎蕎麦定食を頼んだ。
虹鱒の甘露煮と、自家製麺の盛りそばのセットだ。
これがすごく良かった。
観光地にしては良心的な値段で、
それでいて諏訪近辺で食べたどこよりもうまい。
つけ汁にちょこんとつけて、一気にずずずっと吸い込むと、
口の中が蕎麦の濃厚な香りでいっぱいになった。
この店の為に白樺湖に来てもいいなと思わせる店だった。


腹ごなしに湖畔を散策していると、不思議な物を見つけた。

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道祖神だろうか。
向かって左は双体道祖神だけど、石の祠の方はちょっと違う。

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どちらかというと、縄文遺跡から発掘される破壊された石棒や、
諏訪地方の祠に祀られているミシャグチ石像に姿が似ている。
どちらもこんなにおおっぴらに置いてあることはあまりない代物なのだが…
それにしても首に巻いている真珠が、妙に生々しさを醸し出していた。

10月14日

親戚の集まりがあるとのことで、前日から諏訪に来ていた。
14日は早朝から八ヶ岳へ。
茅野からビーナスラインに入り、一路白樺湖方面へ。
実はこれまで、諏訪盆地の西側ばかり探索していたので、
遺跡目的で八ヶ岳方面に向かうのは初めてだった。

空は白々しく、風の冷たい日だった。
それでも白樺湖には観光客がたくさんいた。
さすがにボートに乗っている人はいなかったが…

今回の目的は白樺湖ではないのだが、
一応みんなが集まっているドライブインへ車を停めてみた。
ちょっと早いランチにしようかと思ってのことだけど、
案の定入りたくなるような店はなかった。

湖岸へぶらぶらと歩いてみると、なんと巨石遺跡があった。

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池之平御座岩遺跡。
またの名を役堂場跡、もしくは武田信玄休憩の御座岩とも。
白樺湖のほぼ中央、岸から突出した安山岩の岩塊群。
島のようになった中心に、巨石が積み重なっている。
標高1400mの高地にあり、ここより東は雨境峠、
北へは大門峠が控える交通の要衝であった。
白樺湖は昭和21年に造られた人造湖であるが、
28年に減水したとき、御座岩の南側に岩穴が現れた。
先土器時代の石器、縄文時代の土製品、弥生時代に至るまでの、
様々な時代の遺物が発見され、中でも滑石製の幣玉の出土は、
この岩を岩座として峠神に旅の安全を祈願したものといわれている。

役堂場跡の名からも推察できるように、
この岩は役行者が祭壇として使ったという伝承が残っている。
諏訪の蓼科登山のためこの地を訪れた役行者が、
ここに一宇の草庵を建て、住来庵と名付けてしばらくの間住んだらしい。

また武田信玄の伝承は、もっと具体的だ。
この地は「中の棒道」の近くであり、
先に述べたように峠を控える要衝なので、
各地からの軍勢がここに集合し休憩をとったという。
陣中、信玄が腰をかけた岩が、この御座岩だといわれている。
軍議の最中、川の流れが気になって「うるさい!」と一喝し、
瀬の音がしなくなったことから「音無川」と名付けられた。
なんて無茶な設定の伝承も残っている(笑)

白樺湖は昭和の時代の人造湖だと先に述べたが、
池の平の名の通り、湖とまではいかなくても、
水源の豊富な開けた土地だったようだ。
ドライブインの資料館で見たところによると、
白樺湖から大きな黒曜石の原石が発見されたらしい。
黒曜石の原産地としては、ここより北の和田峠が有名だが、
原産地以外でそのような大きな原石が見つかることは珍しいらしい。
採取した原石をわざわざ池の平に持ち帰って作業したということは、
この高地にそれだけの技術を持った工房があったということなのだろう。
いつも思うのだが、現代の感覚では信じられないような場所に、
古代人たちが生き生きと暮らしているのには驚かされるのだ。



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