2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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11月24日


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松原湖を半周回り、北岸は諏訪神社の下社が鎮座している。
南岸の上社と北岸の下社という配置は、諏訪湖のそれと同じである。
さながら、諏訪湖の縮小版といったところか。
これまで少なからず諏訪神社を見てきたが、
上社下社に別れているだけでも貴重なのに、
それに加えて湖との位置関係も考えてあるのは、
龍神伝説を持つ松原湖を諏訪湖になぞらえて
丁重に祀ったからなのだろうか。

諏訪神社下社は湖と崖に挟まれた場所にあり、
木々と崖に守られる形で鎮座している。
崖に沿って遊歩道が続いているのだけど、
崖の前で不思議な立て札を見つけた。

天照皇大神社。

今度は矢印も何もない。
そして対象さえも見当たらない。
目の前は崖である。

もしかして…

木々に覆われた崖の上にチラッと大岩が見える。
おお、この崖を登れと言うのか…

枯れ葉に覆われた下に、わずかに獣道が見えている。
それにしても急勾配だ。

意を決して、だだだっと勢いを付けて駆け上がる。
案の定、足場が滑って転がりそうになるも、
木の根を掴んでグッと耐える。
今日はこんなのばっかりだ…

周りにいた人が呆れているのが目に見えるようだが、
そんなの関係ねぇ!の精神でなんとか登り切った。
ハァハァ…

目の前にそびえたつのは、予想以上に大きい石灰質の岩壁。
その真下、人が屈めるくらいの隙間に、石の祠があった。
きっとここが天照大神の祠に違いない!


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南面した岩壁。
一日中、太陽を拝める方向なのだろう。
木々の隙間から松原湖の湖面が見える。
崖の上の特等席。
キラキラと輝く湖を、独り占めしたような、
そんな気分に浸りながら、汗の引くまでじっと湖面を眺めていた。




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11月24日

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松原湖畔を歩くと、すぐに橋の架かった小島が見えた。
典型的な弁天社の風景だ。

シンプルな石の橋、松の木に囲まれた小さなお社。
いかにも、といった感じの光景を見ると、
どうしても上陸したくなるのは不思議だ。

特にこれといった特徴はないお社。
島から見る湖面は、冬の太陽をキラキラと瞬かせていた。

ふと、お社の裏に不思議な立て札を見つけた。

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畠山重忠 母の墓
20メートル先?
矢印の先は湖の中である…


畠山重忠とは、坂東八平氏にして武蔵の名族・秩父氏の一族で、
鎌倉幕府発足に功績を残した、重鎮中の重鎮。
華々しい武功の数々、男気あふれる誠実な人柄に、
広く武名を轟かせていたという。
そんな超大物の母の墓が、なぜこんな山中の水面下に…?



どういうことだかサッパリ分からず、頭をひねりながら弁天島をあとにしたが、
対岸に至って、やっと由来書きの看板を見つけた。


昔、源頼朝がらい病にかかった時、龍の生肝を飲めばよい
という神のお告げが夢に現れた。
頼朝は畠山重忠に龍の生肝を取ってこいと命じた。
重忠はどこへ行けば龍がいるかわからないので困ったが、
ある夜の夢に信州松原湖にすむ龍の生肝を取るがよいと教えられた。
重忠はすぐに出かけると、松原神社から弁天島へ下る大弥太坂で母に行き会った。
重忠は母に頼朝の命を話すと
「私が湖中にはいって蛇体となるから肝を取って主君に奉れ。」
といって入水した。
たちまち水面に水柱がたったと見る間に大蛇の姿が湖上に現れた。
重忠は、今はもう躊躇する時ではないと、ついに之を殺して生肝を取り
頼朝に差上げた。
頼朝は病気がたちまちなおったので、湖畔神光寺の境内へ
重忠の母のために五重塔を建てて供養したという。


なんとも面妖な話である。
松原神社とは、先に紹介した松原諏訪神社のこと。
こんな山の中で、突然の母の登場。
入水して龍神になる話は数多あるが、
生肝を得るために龍になる話は初耳だった。
らい病によく効く薬が女人の生肝、という迷信が
昔の朝鮮辺りにあったそうだが、
そのことを踏まえて作られた伝説なのだろうか?
英雄は伝説の引き合いに出されることがしばしばあるが、
こんなところで畠山重忠の名に出会うとは思わなかった。

畠山重忠の母といえば、これまた名族・三浦義明の娘。
息子の重忠本人に、不本意とはいえ父を責め殺されるという、
戦乱の世の常ながら、不運な人生を歩んだ女人だが、
まさか後世、美談として伝説に残るとは思いも寄らなかっただろう。


静かに水を湛えた湖面は、何も語ってはくれなかった。

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11月24日

麦草峠から佐久に向かう途中、
松原湖なる湖があったので、立ち寄ってみた。

コーヒーを淹れて、先ほど買った「くるみやまびこ」でおやつタイム。
冬の松原湖は閑散としている。
目の前には誰も乗る人のいないスワンボートが岸に繋がれ並んでいた。
それでも、ときどき人がやってくるのは、やはり有名な観光地なのだろう。
といっても、松原湖は八ヶ岳高原の湖と違い、
あまり観光地然としていなかった。
八ヶ岳に国道が整備される以前は、
信州を代表する観光地として賑わったそうだが、
今はその面影はまったくない。
そのかわりといってはなんだが、湖を囲むように沢山のお社があった。
古い歴史がありそうな雰囲気なので、少し散策してみることにした。

湖の南の駐車場から反時計周りに歩くと、
すぐに諏訪神社に行き当たった。
周囲には無数の石祠。

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横並びにずらっと並んだ石祠は、社殿下手の丘の中腹に位置し、
とてもリズミカルな配置をしている。
こんなに並んでいて、どれがどの神様を祀っているか、
とうてい分からないのだが、とりあえず全部が見えるようにお参り。

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諏訪神社の裏参道にあたる鳥居脇にあった道祖神。
顔を破壊された石仏はよく見かけるが、
顔の部分だけ削られているのは初めて見た。
明治政府が神道を国教に押し進めるにあたって、
神と習合した数々の仏像や、俗信から生まれた信仰対象が、
廃仏毀釈運動と称して次々と破壊された。
仲むつまじく並んだ夫婦の道祖神。
破壊するのが耐えがたく、せめて顔を削ってその場を凌いだのだろうか。
政府の方針とはいえ、古くからこの神に馴染んできた人々は、
変わり果てた姿に心を痛めたに違いない。


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松原湖の諏訪神社は、上社と下社の二社あるようだ。
南岸のこちらは上社。
諏訪湖よろしく、湖の南北に諏訪神社が鎮座している。
社殿のすぐ脇には、岩となかば同化した巨木。
古の諏訪の神が、巨木をつたって石に降臨する、
といった話を彷彿させる岩だった。

松原湖の周りには、諏訪神社上社から下社まで、
水天宮、山宮、熊野神社、弁天社、八幡社、子安社、白山社・・・
と、そうそうたる神社が軒を連ねている。
それも、ほとんどが小さいながらも社を構えているから素晴らしい。

うららかな日差しに導かれるように、湖の対岸に向かって歩みを進めた。


11月24日

大滝神社でしばらく時を過ごした後、
坂を下りて王滝の方へ向かった。


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王滝へ至る前には、展望の開けた広場があり、
そこには横谷観音堂が建っていた。

昭和十二年、元陸軍中将市ノ瀬源助翁が、
たまたまこの地に訪れ、山紫水明の横谷渓谷に護国の霊地を築いたという。

あまり関心の持てないお堂だったので、軽く挨拶をして通り過ぎる。
ふと、脇の石仏に目をやった。


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・・・?

宇賀神っぽいけど・・・

あまりの”ゆるさ”に脱力さえも感じてしまった。

ただ、見過ごすことのできないことに、
この石像のすぐ後ろは崖で、そこからは王滝を見下ろし、
その先に続く横谷渓谷、乙女滝、
そして遙か彼方の真っ正面に、諏訪の神体山・守屋山を一望できる。
この像を拝むことで、守屋山も遙拝することになるのだ。
八ヶ岳連峰のかなり奥に入り込んだこの地にて、
まさか守屋山が拝めるとは思わなかった。
山頂以外で、こうも開けた立地はなかなか無いのではなかろうか。

守屋山を中心とする諏訪上社ミシャグチ信仰は、
神体を蛇になぞらえていると言われている。
それが中世、諏訪竜神伝説の礎になっているのだと思うが、
その蛇信仰を意識して、守屋山のよく見えるこの地に、
人面蛇体の宇賀神?像を祀ったのだろうか?
案内もなければ、気にする人もいないようで、
由来も詳細も分からないが、なんとなくそのような気がした。


ここより先は麦草峠。
諏訪から佐久に抜ける人にとって、
王滝は諏訪を望める最後の場所になる。
こだまする瀑音を背中に受けつつ、旅人は東へ歩みを進めるのだった。

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11月24日


先月に引き続き、今度は法事で諏訪へ。
たった一ヶ月のことだが、諏訪の景色はずいぶん変わり、
南東の空にそびえる八ヶ岳は雪に頭を白く染めていた。

法事の翌日の朝、妻はなにやら用事があるとのことで、
電車で帰っていった。
私はひとり、のんびりと帰ることにした。
晴れ渡った空はどこまでも青い。
絶好のドライブ日和だ。

前回と同じく、茅野から蓼科方面へ。
今回は何も調べてきていないのだ。
とりあえず佐久に抜けてみようと思った。


茅野の御座石神社の交差点からビーナスラインと並行して走る
国道152号線を進んだ。
この道の途中にある梅林堂の”くるみやまびこ”がお気に入りなので、
さっそく大量に買い込む。

国道152号は途中、国道299号と分岐する。
この辺りが有名な尖石遺跡だ。
152号方面に行くとビーナスラインで、前回の白樺湖へと至る道。
299号方面は麦草峠を経て佐久へ至る道。
私は迷わず佐久方面に。

299号沿いには、何か所か有名な滝がある。
ということを、ちょっと前に旅番組で知ったので、
今回はその中でも印象に残っていた乙女滝に行ってみることに。

…と思っていたのだが、気がついたら通り過ぎていた。
なので、その先の王滝に車を停めた。

王滝へは、駐車場から少し歩く。
売店も何もないのんびりとした駐車場だ。
思えば、来る途中にあった賑やかな観光地が乙女滝だったのだろう。
駐車場にはちょうど、犬の散歩サークルの人々が来ていて、
どうやら散歩がてら滝の方まで行くらしい。
犬は好きだが、滝までご同行はイヤだな…
と思っていたら、大滝神社の鳥居を発見。
ちょっと寄り道をして時間差をつけることにした。

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木の節が残る、質素な作りの鳥居だ。
私は朱塗りの立派な鳥居よりも、こういう素朴な鳥居のほうが好きだ。
期待に胸をふくらませて鳥居をくぐった。

が、なんと!先が見えない!
石段もない落ち葉の敷き積もった坂が、延々と山の上まで続いている…

だが鳥居をくぐった以上、ここで怖じ気づくのは気が引ける。
思わぬ運動にあえぎながら、一直線に伸びる坂道を登っていった。


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土に手をつき登っていった先には、思いも寄らぬものがあった。
白樺の木々に囲まれた空間に、石の祠がポツン。
だが、そこらの石祠とは何かが違っていた。



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ものすごい存在感。
重量感がヒシヒシと伝わってきた。
そこには神域という言葉が相応しい空気が張りつめていた。


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祭神は建御名方命。
諏訪大明神らしく、4本の御柱に囲まれている。
後で知ったのだが、祠は黒曜石で出来ているらしい。
もともと磐座があった場所なのだろうか?
一枚の岩とも、後から作ったようにも見える岩の上に、
四角く削られた岩が乗り、それに不釣り合いな大きさの石が
2本の棒に支えられて、屋根になっている。
松ぼっくりのお供えがまた味わい深い。

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つくづく思うのだが、
美しい光と清浄な空気に満ちた聖域で、ただひとり、
そこの主と対面するひととき。
これが旅をしていて一番感動する瞬間だ。
その為だけに旅に出たくなることもある。
何をするでもない、ただそこにいるだけ。
ただそれだけのことなのだけど、
何ごとにも変えられない充実感を得ることが出来るのだ。

八ヶ岳の澄み切った空気が、火照った肌に心地よかった。

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