2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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老神温泉ですっかり気分は回復したので、午前中に立ち寄ろうとした「吹割の滝」へ。
上の写真は午前中に展望台からみた景色。
雨で滑って落ちそうな気がしたものだ。

幸い、休んでいる間に天気も回復。
再びやる気もわいてきた。

滝への遊歩道の入り口には、かなりディープな土産物屋が…
食事をすると女将さんが裕次郎のカラオケを熱唱してくれるサービス有り。
チラッと聴いたが、いやに上手かった。
才能の無駄遣い…いや、趣味と実益を兼ねているというか…


しばらく下っていくと、岩盤の上に出た。
ひっきりなしに、スピーカーで足元の注意を呼びかけている。
岩盤の上に白線が引いてあり、それ以上外に出るなと。
ハイヒールのおばちゃんが白線の外でポーズをとってたが、
現地監視員にさっそく注意されていた。

そしてその背後には、「鱒飛の滝」

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落差15mの滝に鱒の遡上も止められるということで、
以前は鱒止の滝と呼ばれてそうな。
さっきまでの雨のためか、どどどどど、と轟音で荒れ狂っている。
しかし、これだけ侵食されても、滝の中央の岩だけは削られずに残っているのがすごい。
滝行に耐える修験者の姿のようだ。


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さて、メインの滝には、岩盤の上を進んでいく。
岩盤がないところは、絶壁につけられた細い歩道を進むのだ。

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この吹割渓谷は、およそ1万年前に片品川と栗原川に生まれた滝が、
上流へ侵食(後退)していった際にできた深い渓谷。切り立った崖は数十mに及ぶという。
渓谷にせり出した大岩を二つやりすごすと、展望台から見えた広い岩盤に出た。

岩盤の上に目をやるとぽっかりと穴が開いていた。

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約1.5mはある「おう穴」だ。ポットホール、または瓶穴ともいう。
川底の窪みにあった石が、水の力で回転しながら岩を掘り下げ、丸い穴をあけたもの。
水面に映る青空が余りに綺麗で、覗き込んで写真を撮っていたら、
まわりにぞろぞろ人が集まってきて、みな首をかしげていた。


そして「東洋のナイアガラ」が目の前に。

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千畳敷と呼ばれる岩盤にできた裂け目、そこに左右から一気に水が落ちるのだ。
その勢いはすさまじく、毎年7センチずつ、千畳敷を削りとっているとか。
増水しているからか、自分たちの足元の、白線ぎりぎりまで水が流れている。
落差は何メートルあるのだろうか?
滝つぼを覗き込みたいが、足元の流れに飲まれそうでこれ以上近づけない。
話によると、この滝つぼに竜宮城の入り口があるらしいのだが…
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6月18日

取引先の懇親旅行で、群馬は尾瀬の入り口、片品へ。
懇親旅行といっても、ペンションで集まって呑んで騒ぐだけなので現地集合、現地解散。

翌日。
笑顔で解散するも、あきらかに呑み過ぎで気持ちが悪い…
でも、道中見つけた日本のナイアガラとかいう滝が気になっていたので寄り道。
日本のナイアガラは「吹割の滝」というらしい。
少し離れた駐車場に止めて、まずは全景を見ようと展望台へ。
ところがこれが誤算だった。
展望台は山の中。
山道を延々と登っていく。
しかも霧雨だっがどんどん強くなり、体が冷える…

一応全景を見たところで、一目散に退却。
うぅ、寒いし気持ち悪い…

これは出直しだ。
これまた気になっていた「老神温泉」に急行。
湯元華亭という温泉で小一時間ほどぼけーっとし、なんとか回復。


気を取り直して。
さて、この老神温泉、なんと言っても名前が気になる。
土地の古い神にでも由来しているのだろうか、と。

温泉街の中心に位置する神社に寄ってみた。


「赤城神社」

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写真

鳥居をくぐってまず目に飛び込んでくるのが巨大天狗。
むむ、これが老神様か?と思ったが違うみたい。
老神温泉から北西に位置する武尊山系に迦葉山という天狗で有名な山があるそうで、
おそらく迦葉山弥勒寺にある巨大天狗を意識したものだろう。

赤城神社は、上毛三山のひとつ赤城山の赤城大明神を祀る神社で、
群馬県ではポピュラーな神社。
調べてみると、なんと「老神」とは年老いた神ではなく「追い神」。

開湯伝説によると、、、
日光男体山のムカデ神と赤城山の蛇神が戦った時のこと、
赤城の蛇神が日光のムカデ神に射られてしまった。
赤城山の蛇神はこの地まで逃れ、体に刺さった矢を抜いて地面に刺したところ、
そこからみるみる温泉が湧き出した。
その湯に浸かるとたちどころに傷が癒え、ついに男体山の神を追い払うことが出来たという。
(老神温泉では、毎年5月に大蛇を担いで練り歩く「大蛇まつり」を行うとか。見たい!)

男体山と赤城山の戦いは、以前日記でも紹介した「奥日光・戦場ヶ原」が舞台。
なるほど、老神温泉を通る国道120号(通称・日本ロマンチック街道…)は、
金精峠を越えればすぐに戦場ヶ原だ。

『戦場ガ原神戦譚』によると、、、
中禅寺湖の領有権を巡って、男体山の神と赤城山の神の間で戦が起こった。
男体山軍の旗色が悪くなり、鹿島大明神に相談すると小野の猿丸を助っ人に呼ぶ。
猿丸が駆けつけると、男体山の化身・蛇の軍団と、赤城山の化身・ムカデの軍団が戦っていた。
猿丸は、敵中の二本の角を持つ大ムカデを大将と見定め、左目を打ち抜いたところ、
赤城山の神の軍は撤収し、男体山の勝利に終わった。。。


あれ?
どちらも蛇神が勝ったことに違いないが、
栃木側の伝説では「蛇神=男体山、ムカデ神=赤城山」
群馬側の伝説では「蛇神=赤城山、ムカデ神=男体山」
になっている。

自分たちの山の神が勝ったことにしたい気持ちは分かるが、
どうしても自分のところを蛇、負け組みをムカデにしたいらしい。


そもそも蛇とムカデはよほど相性が良い(悪い?)のか、
昔から両者の戦いが数々の物語となっている。
きまって負けるのはムカデ側だ。

『今昔物語』
加賀の七人の漁師が不思議な島に流された。
島人の歓待を受け、隣の島との争いごとに助太刀することになる。
さて、隣の島から襲ってきたのは巨大ムカデ。
島の神である大蛇と血みどろの戦いを繰り広げたが、
漁師たちの放った矢がムカデを倒した。
漁師たちは島人からお礼として土地をもらい繁栄する。

また有名なところでは、俵藤太の「三上山の大ムカデ退治」がある。
俵藤太(藤原秀郷)が近江瀬田の唐橋を渡ろうとしたところ、大蛇が横たわっていた。
村人は恐れて近寄れないでいたが、秀郷は何食わぬ顔で跨いで通った。
大蛇は秀郷の勇気を見て、正体の龍神の姿を現し、
三上山の大ムカデを退治して欲しいと頼む。
大蛇は竜宮の王で、大蛇に化けて勇気のある人物を探していたという。
秀郷は苦心の末、大ムカデを鏃に唾をつけた矢で射止めた。
(ムカデは唾液を嫌うという。秀郷は眉に唾をつけて、
ムカデの吐く炎を防いだ。これすなわち眉唾。)
秀郷はその後、竜宮に招かれ、龍神からお礼として、黄金の太刀と鎧を頂いたという。

もっともこれらの話、蛇とムカデ、弓、謝礼という共通点があるので、同源なのではないか、とか、
藤原秀郷は下野(栃木)を拠点としていたことから、
戦場ヶ原の戦いがムカデ退治の元ネタとなった、とも言われているが。



ムカデは鉱脈の象徴とされるから、鉱脈を切り開いて手に入れた話とも捉えることも出来る。
日本最古の銅山、和銅が開かれたときに、
銅製のムカデをご神体とすべく、元明天皇から下賜された例があるから、
銅山とムカデは縁が深いと考えられていたのは確かな話。

確かに赤城と日光の間には銅で有名な足尾があるのだけど。
でもそんな安直な話でもない気がするし…
う~ん、謎だ。


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