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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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5月6日。

前日夜に高知城のお膝元で夕食を食べた私たちは、
その後、祖谷渓に急いだ。

高速のETC割引が午後8時までなら使えるのと、
祖谷渓の温泉の営業時間に間に合わせるためだ。

ここで急がずに、翌日物部村を見に行く、
という選択肢もあったのだが、それはあまりにマニアックすぎて、
細君のゴキゲンを損ねてしまう…ので、四国の定番観光地、
祖谷渓に向かったのだった。

道の駅「西祖谷」は、祖谷秘境の湯に隣接しているのだが、
道の駅自体はとても小さく、車中泊にはちょっと向いていな買った。
だが、夜も遅く、しかたがないので駐車場の隅で泊まる。


翌日は、雨は小降りになっていたが、
全体的にしっとりとした天気。
これは四国に居た間、ずっとそうだったのだが、
かえって幽玄な雰囲気を醸し出していて良かったのかもしれない。

午前中は、「かずら橋」へ。
祖谷渓といえばここというほど有名スポットだ。
私は昔来たことがあるらしいのだが、良く覚えていないので、
改めてみると、想像していたよりも
ずっとスケールが大きくて驚いた。

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かずら橋は、平家の落ち武者が、
追っ手が来たらすぐに落とせるようにと、
かずらで編んだのが始まりらしい。
そう、この四国中央部の山岳地帯には、
平家の落ち武者伝承が存在するのだ。
いや、伝承というか、実際に史跡が残っている。
安徳帝の侍医を務めた堀川氏なる人物が、
落ち延びてこの地に至ったときに、
辺りに薬草が沢山生えていることに気がつき、
この地で医者を務めながら定住したというものだ。
堀川氏を含めた平家の落ち武者達が、
時代を経て阿波の山岳武者と恐れられるようになり、
その後、戦国前期最強を謳われる阿波三好家の
天下掌握の礎となっていくのだ。

まぁそれはいいとして、かずら橋は怖かった。
何とかは高いところが好きというように、
私もその何とかに分類される類なのだが、
それでも怖かった。何が怖いって、
足下が濡れてツルツル滑るのだ。
さすがに落ちることは無いとしても、
片手に傘、片手でカメラを押さえて渡るのは相当怖かった。
やはりこういうところは身軽にして行くべきだったようだ…



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