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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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10月7日

ヒスイ海岸では少しノンビリしすぎたようだ。
気がつくと11時近くになっていた。

実はこの日のルートは、その日の朝まで迷っていた。
姫川を遡り、信濃に抜けるいわゆる塩の道を辿ってゆくか、
海岸線をぶらぶらと上越市まで散策してみるか。
だが、ちょっと起きるのが遅かったのと、
ヒスイ海岸が予想以上に楽しめたことで、
時間のかかる塩の道ルートは断念した。

とはいえ、ヒスイ河岸の駐車場近くには、「塩の道はこっち→」と、
矢印付きの看板まで立っていて、私を誘惑していた。
なんでも、ヒスイ海岸は「西の塩の道」の出発点だそうで、
姫川の東岸から始まる「東の塩の道」とは信州小谷で一本になるようだ。
正式には千国街道というこの街道は、
糸魚川静岡構造線に沿って白馬~穂高~松本と、中信まで街道は続く。
そして諏訪からは中央構造線に沿って浜名湖まで、
いわゆる秋葉街道が塩の道として繋がっている。

信濃と越後の交流の歴史は古く、縄文時代にまで遡ることが出来る。
それを証明する物的証拠が、八ヶ岳山麓の縄文遺跡で出土する姫川のヒスイで、
おそらくそれは塩の道を通って流通していたとされている。
私の日記でおなじみwの建御名方命も、出雲から逃れるときには、
母・奴奈川姫の故郷である越の国から諏訪にたどり着いたとされ、
真偽はさておき、神話形成時代にすでに越~信濃の結びつきは
一般に認識されていたようである。

さて、矢印まで持ち出して道を示されたのだ。
そっちに行かないのは天命に反するというもの(笑)
その方向に車を走らせると、はたして諏訪神社があった。
塩の道に沿って諏訪盆地まで、諏訪神社が沢山あることは
当然予想出来ることだが、ここがその第一歩目だと考えると感慨深い。


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姫川のほとり、黒姫山に連なる山麓の森に、
諏訪神社の鳥居が見える。
住宅地からも離れた場所で、周りには田畑と工場。
工場の向かいの路上に車を停め、諏訪神社の森に入っていった。
鳥居をくぐった参道入り口は薄暗かったが、
奥に行くとパッと空間が開け明るくなった。
木々の葉を透かす日の光に、全身が暖かく包まれるようだ。
気持ちが良い。
よく、霊感のある人の話を聞いていると、
神様に歓迎されているとか、いないとか、という話が出てくるが、
霊感のない私でも、境内の空気で何となく
かの人たちの言っていることが理解できる気がする。
そういう意味で言うと、きっと私は暖かく迎えられたのだろう。
そう思いこむことにした。


20071007-113448.jpg



わりと無機質な社殿ではあるが、ゴミ一つ無く綺麗に手入れされている。
神社には珍しい重厚な金属の扉には、
「五本足の梶の葉」の神紋が刻まれていた。

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