2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


20071007-121332-a.jpg


10月7日

塩の道から少しはずれ、黒姫山の麓、田海に車を走らせた。
田海を流れる田海川は、その上流に奴奈川姫の住居跡伝説を残す、
いわく付きの川である。
その田海川の河口近くで発見された縄文遺跡が、寺地遺跡である。
住宅街の中程にある遺跡公園に行ってみて驚いた。
諏訪大社でおなじみの「御柱」があるではないか!!

いや、正確には4本の柱状の遺構と、
柱をぐるりと囲むストーンサークルの形跡が発掘され、
公園化するにあたって、4本の柱のモニュメントを建てたそうだ。
寺地遺跡は、縄文中期から晩期のヒスイ工房遺跡。
現在は、工房と思われる竪穴式住居の復元建物と、
祭祀場跡と思われる木柱と列石遺構で公園整備されている。
祭祀遺構からは石棒や御物石器、石冠、朱塗櫛、
焼けた人骨などが出土しているようだ。



工房跡で焼けた人骨とは、不思議な話である。
火葬の概念が輸入される以前の話なので、墓地ではないだろう。
墓地なら作業場である工房の近くではなく、居住地に隣接しているはず。
古来、たたらなど炉を使う場所では、
炉の神に人を生贄として捧げることで、火の勢いを保ったそうだ。
これは形式だけではなく、本当に人間の成分が火に有効に作用する、
みたいなデータがあったような気がする。
縄文時代の工房で、既にそのような儀式が行われていたとすると驚きだ。

この4本の柱が、諏訪大明神ともゆかりの深い
糸魚川で発掘されていたとは興味深い。
巨柱遺構自体は、出雲大社や三内丸山遺跡など、
日本海側では幾つかの発掘例があるが、
実際こうして「4本」が四角く並んでいることが、
御柱を連想せずにはいられなかった。

20071007-120406.jpg


















管理者にだけ表示を許可する


Design by mi104c.
Copyright © 2017 風と土の記録, All rights reserved.




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。