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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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長野県茅野市の国道152線とビーナスラインの交差点。
そこに御座石神社がある。

祭神は高志沼河姫神 (こし(越)のぬなかわひめ)。
建御名方命の母である。
御座石とは、いかにも石が鎮座してそうな名前なのだが、
元は母神の御住居の地と言うことで「御在所」や「御斎所」
などとも呼ばれてのが、何時の時代か御座石に転化したらしい。
とはいえ、当社は平地にあるにも関わらず、
いわくのある石がゴロゴロと転がっている。

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ビーナスラインに面した石鳥居から境内に入ってすぐ、
木製の鳥居が見える。これは黒丸大鳥居と呼ばれ、
曳いてきた御柱を鳥居に仕立てたもの。
諏訪地方ではありとあらゆる社の四辺に御柱が建っているのだが、
御座石神社では四辺の御柱はない。
どうも諏訪地方では男神の象徴が御柱、
女神の象徴が鳥居という見解があるようだ。
(ただし、諏訪社下社には御柱があるのでさらなる調査が必要)

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境内に数多ある石の中で、特に注連縄で祀られているのがこの石。
なんでも高志沼河姫神が建御名方命の招きに応じ、
越の国から鹿の背に揺られやって来た時の、
鹿の足跡が残っている石だそうな。
確かに足跡らしき穴はあるが…

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本殿横の大きな石は、穂掛石。
矢ヶ崎村七石の一つとされ、昔は田の中にあって
稲の穂を掛けたことから名付けられたそうだ。
武田信玄が川中島からの帰りに、
これら七石を賛美したと伝えられている。

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鹿の足跡石のすぐ横には、何とも可愛い石が埋まっていた。
これは特に何の説明もないのだが、
上部がお尻のように窪んでいて、線が入っている。
線は人の手によるものに見えるのだが、詳細は一切不明である。

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そして最後は石鳥居脇の2つの石。
これにも説明は一切なかったが、平らな石の上に乗っているので、
何らかのいわくはあるのだろう。

先程の御座石神社の由来とは少し矛盾するが、
ここには諏訪の七石(矢ヶ崎村七石とは違う)の一つ、
御座石があったとされている。
それはこれらのうちのどれかなのだろうか?
諏訪の自然崇拝やミシャグチ神とも関わる重要な石のはずだが、
そのことに関する説明は何もなかった。
上記、鹿の足跡石には、高志沼河姫神が腰掛けて休んだ
との伝承もあるようだが、果たしてそれが御座石なのだろうか。

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石についてはさておき、この神社にも道祖神が沢山あった。
真ん中の石も風化しているが双代道祖神である。

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また沢山の石像があったが、もはやここまであると、
何がどんな神様なのか見当がつかない。
皆一様に胸の前で手を合わせているので、
こちらまで敬虔な気持ちにさせられる。


実はこの境内はあまり広くなく、また交差点に面しているため、
敷地は三角形といったものだが、
色々な要素があって面白かった。
極めつけは酒蔵である。

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4月27日の「どぶろく祭」で振る舞われるどぶろくが、
この醸造倉で作られている。
昨年の祭りの際に選ばれた当番の氏子3人が、
当日まで社務所に泊まり込み、
かくはんや温度管理などを繰り返して酒を醸造しているそうだ。
ちゃんと杉玉も下がっているが、約一ヶ月で作るどぶろくに、
新酒の熟成の目安となる杉玉は必要なのだろうか。
wikiで調べると、元々は酒の神様に感謝を捧げるもの、
となっているので、そちらの意味が強いのだろう。
祭り当日はどぶろくの他、鹿肉、独活など
この地方独特の肴が振る舞われるそうで、
是非とも参加してみたいものである。


















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