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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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10月14日

親戚の集まりがあるとのことで、前日から諏訪に来ていた。
14日は早朝から八ヶ岳へ。
茅野からビーナスラインに入り、一路白樺湖方面へ。
実はこれまで、諏訪盆地の西側ばかり探索していたので、
遺跡目的で八ヶ岳方面に向かうのは初めてだった。

空は白々しく、風の冷たい日だった。
それでも白樺湖には観光客がたくさんいた。
さすがにボートに乗っている人はいなかったが…

今回の目的は白樺湖ではないのだが、
一応みんなが集まっているドライブインへ車を停めてみた。
ちょっと早いランチにしようかと思ってのことだけど、
案の定入りたくなるような店はなかった。

湖岸へぶらぶらと歩いてみると、なんと巨石遺跡があった。

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池之平御座岩遺跡。
またの名を役堂場跡、もしくは武田信玄休憩の御座岩とも。
白樺湖のほぼ中央、岸から突出した安山岩の岩塊群。
島のようになった中心に、巨石が積み重なっている。
標高1400mの高地にあり、ここより東は雨境峠、
北へは大門峠が控える交通の要衝であった。
白樺湖は昭和21年に造られた人造湖であるが、
28年に減水したとき、御座岩の南側に岩穴が現れた。
先土器時代の石器、縄文時代の土製品、弥生時代に至るまでの、
様々な時代の遺物が発見され、中でも滑石製の幣玉の出土は、
この岩を岩座として峠神に旅の安全を祈願したものといわれている。

役堂場跡の名からも推察できるように、
この岩は役行者が祭壇として使ったという伝承が残っている。
諏訪の蓼科登山のためこの地を訪れた役行者が、
ここに一宇の草庵を建て、住来庵と名付けてしばらくの間住んだらしい。

また武田信玄の伝承は、もっと具体的だ。
この地は「中の棒道」の近くであり、
先に述べたように峠を控える要衝なので、
各地からの軍勢がここに集合し休憩をとったという。
陣中、信玄が腰をかけた岩が、この御座岩だといわれている。
軍議の最中、川の流れが気になって「うるさい!」と一喝し、
瀬の音がしなくなったことから「音無川」と名付けられた。
なんて無茶な設定の伝承も残っている(笑)

白樺湖は昭和の時代の人造湖だと先に述べたが、
池の平の名の通り、湖とまではいかなくても、
水源の豊富な開けた土地だったようだ。
ドライブインの資料館で見たところによると、
白樺湖から大きな黒曜石の原石が発見されたらしい。
黒曜石の原産地としては、ここより北の和田峠が有名だが、
原産地以外でそのような大きな原石が見つかることは珍しいらしい。
採取した原石をわざわざ池の平に持ち帰って作業したということは、
この高地にそれだけの技術を持った工房があったということなのだろう。
いつも思うのだが、現代の感覚では信じられないような場所に、
古代人たちが生き生きと暮らしているのには驚かされるのだ。


















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