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2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
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11月24日

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松原湖畔を歩くと、すぐに橋の架かった小島が見えた。
典型的な弁天社の風景だ。

シンプルな石の橋、松の木に囲まれた小さなお社。
いかにも、といった感じの光景を見ると、
どうしても上陸したくなるのは不思議だ。

特にこれといった特徴はないお社。
島から見る湖面は、冬の太陽をキラキラと瞬かせていた。

ふと、お社の裏に不思議な立て札を見つけた。

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畠山重忠 母の墓
20メートル先?
矢印の先は湖の中である…


畠山重忠とは、坂東八平氏にして武蔵の名族・秩父氏の一族で、
鎌倉幕府発足に功績を残した、重鎮中の重鎮。
華々しい武功の数々、男気あふれる誠実な人柄に、
広く武名を轟かせていたという。
そんな超大物の母の墓が、なぜこんな山中の水面下に…?



どういうことだかサッパリ分からず、頭をひねりながら弁天島をあとにしたが、
対岸に至って、やっと由来書きの看板を見つけた。


昔、源頼朝がらい病にかかった時、龍の生肝を飲めばよい
という神のお告げが夢に現れた。
頼朝は畠山重忠に龍の生肝を取ってこいと命じた。
重忠はどこへ行けば龍がいるかわからないので困ったが、
ある夜の夢に信州松原湖にすむ龍の生肝を取るがよいと教えられた。
重忠はすぐに出かけると、松原神社から弁天島へ下る大弥太坂で母に行き会った。
重忠は母に頼朝の命を話すと
「私が湖中にはいって蛇体となるから肝を取って主君に奉れ。」
といって入水した。
たちまち水面に水柱がたったと見る間に大蛇の姿が湖上に現れた。
重忠は、今はもう躊躇する時ではないと、ついに之を殺して生肝を取り
頼朝に差上げた。
頼朝は病気がたちまちなおったので、湖畔神光寺の境内へ
重忠の母のために五重塔を建てて供養したという。


なんとも面妖な話である。
松原神社とは、先に紹介した松原諏訪神社のこと。
こんな山の中で、突然の母の登場。
入水して龍神になる話は数多あるが、
生肝を得るために龍になる話は初耳だった。
らい病によく効く薬が女人の生肝、という迷信が
昔の朝鮮辺りにあったそうだが、
そのことを踏まえて作られた伝説なのだろうか?
英雄は伝説の引き合いに出されることがしばしばあるが、
こんなところで畠山重忠の名に出会うとは思わなかった。

畠山重忠の母といえば、これまた名族・三浦義明の娘。
息子の重忠本人に、不本意とはいえ父を責め殺されるという、
戦乱の世の常ながら、不運な人生を歩んだ女人だが、
まさか後世、美談として伝説に残るとは思いも寄らなかっただろう。


静かに水を湛えた湖面は、何も語ってはくれなかった。

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