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2月12日


さて、不思議な道祖神を拝見したあとは、
周辺の神社などを巡りつつ、友人から教えてもらった
もう一つの謎の物件を目指した。

先ほどの道祖神からそう遠くはない場所。
入り組んだ住宅地の一角にその物件はあった。

web-080212-135821.jpg



奥に見える赤い屋根の建物は、稲積地蔵を祀るお堂。
この敷地の主だ。
広い敷地は真ん中に火を焚いたあとがあったので、
道祖神のお祭りで使ったのだろうか?
周りには神社仏閣でのお約束、遊具群。
そしてこの謎の石造物。
石造物の脇、写真で言うとカメラの背後は
古いタイプの墓石である。
字も擦れて読み取れないが、○○首などと書いていて、
ちょっとおどろおどろしい気を発していた。(ような気がした。)
従って、この写真は石造物を左背後から見ていることになるが、
正面から見ても大差はない。

柱の上におなじみの丸石道祖神が乗っている。
と言ってしまえばそれまでだけど、どうも違和感が残るのだ。

第一に背が高い。
うろ覚えだが、私の胸辺りの高さくらいはあったと思う。
大体丸石道祖神といえば、上から見下ろすくらいの高さが多く思う。
地面に自家置きであったり、台座があっても精々腰の高さまで。
これでは全然可愛くないのだ。(可愛い必要もないのだけど…)

第二にその立地。
脇のごろっとした石の横には電柱、そして墓石の一角が繋がっている。
さっきも書いたように、古い墓石が多い。
中には先日の日記ではないが、何かの破損したような物体など
雑多なものまで並んでいる。
稲積地蔵がもっと寺らしい佇まいだった頃からそこにあった墓石か?
それとも住宅地によくあるように、開発で邪魔になって集められたのか?
少なくとも謎の石造物は、寺にはあまりないタイプの造形に見える。

ここを訪れる前、友人の話を聞いている時は六地蔵石幢なのかと思った。
室町末期に爆発的に流行った六地蔵スタイルで、
大抵は六角形の背の高い台座の上に、六地蔵が乗っている。
六地蔵はおしくらまんじゅう風に、背を中に向けて彫られているので、
遠くから見たら石灯籠と見間違えそうだ。
もともとは中国で流行したものが海を渡ってきたそうで、
人がいつ死んでもおかしくない戦ばかりの時代に、
浄土への憧れ、地獄からの救済を願って全国各地で立てられたのだ。
そして戦乱の世が終わると共に、六地蔵石幢が作られることも少なくなった。

ふと敷地の反対側を見ると、その六地蔵石幢が立っていた。

web-080212-135857.jpg


謎の石造物が敷地の左端なら、六地蔵石幢は右端に位置する。
ちょうど対になる位置に置かれているようだ。
ということは、やっぱり恣意的に置かれているのか。

なにしろこれも前例がないもので、頭をひねるばかりだ。

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