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2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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3月15日

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天開山大谷寺。
大谷石と呼ばれる凝灰岩の産地の中心部。
奇妙な景観の岩山に囲まれた場所に、その寺院はあった。

早朝。
まだ誰も観光客などいないだろうと高をくくっていたが、
自分のほかに2組の観光客がいて驚いた。

拝観料300円を払い入場、すぐに目の前に岩壁が立ちふさがる。
大谷石の岩壁は荒く軟らかく、ところどころに深い穴が開いている。
その最たるものが、岩壁の麓にある磐屋で、
縄文の昔、それも旧石器時代に近い昔に、人が住んでいた形跡があったという。
継続か断続かはわからないが、その磐屋にいつしか仏の姿が刻まれた。
奈良時代とも、平安時代の作とも言われている磨崖仏群が、
今もなお、この磐屋には残されている。

寺務の方が、解説が始まるから来いと言っていたが、
ゆっくり出来ないのがわかりきっていたので、後で、と断る。
実際、磐屋(現在は本堂が建てられ覆われている)以外の岩壁にも
無数の仏が彫られていて興味深く、それを見ている途中だったのだ。
他の2組の人たちは本堂に入り、大音量の解説放送が始まった。
説明はありがたいが、静かに向き合いたいときもある。


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周囲の岩壁には、「大物」は」ないが、小さな石仏や磨崖仏が無数にあった。
「コ」の字になっている岩壁の前に立つと、無数の小さな石仏たちに包まれた気分になる。
いや、実際、岩の貫通穴から差し込む光に包まれた。
岩壁の奥まったところには稲荷社があり、その上の辺りに穴があいているようだ。
むしろ、光の差す穴があったから、そこに稲荷社を勧請し、作物の出来を伺ったのだろうか。
いずれにせよ、分厚いように思える岩壁にこのような貫通穴が開いていることに驚いた。



さて、大谷寺の本堂に覆われた磐屋にて、御本尊である千手観音像を拝観。
撮影は出来なかったので写真はない。
正直、これまで磨崖仏というのは、岩に仏を彫ったようなものかと思っていたが、
その概念が一気に吹っ飛んだ。
これは、仏が仏師の力を借りて、岩から出てきたのだ。
かつてミケランジェロは、岩の中から閉じ込められていた生命を解き放ったそうだが、
仏師もまた、神性の宿れし岩から仏の姿を解き放ったのだろう。

少し話はそれるが、この時代、木像は御神木から掘り出されていた。
ただ、彫られた御神木は生きていくことは出来ない。
木という限られた寿命を持つ生命は、仏像となることで土から開放され、
新たな神性として生まれ変わったのだ。

大谷寺の千手観音像は、母体である岩とかろうじてつながっている。
背中の部分を切り離せば、それはすぐにでも動き出しそうな気配なのだが、
切り離さずに、大谷にとどめたのは、土地に根を下ろした民草の、希望だろうか。

千手観音像の下手、脇堂に覆われた磐屋には、
釈迦三尊像、薬師三尊像、阿弥陀三尊像が掘り出されている。
横に広がる広い岩壁に、宙に浮かぶかのごとく浮き出した仏たち。
かつては粘土で肉付けをし、漆で彩っていたそうだ。
頭の中でその光景を想像。そこには宇宙があった。



住居遺跡の資料館や、大谷石の採掘場跡を見学し、駐車場に戻った。
観光バスがやってきて、急ににぎやかになったようだ。
ふと、車の後ろの岩壁に目をやると、そこにも小さな仏の姿があった。
現在でも、絶えず、この岩山から仏が生まれて来ていたのだ。
生きた信仰はすばらしい。

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