
山の天気は移ろいやすい。
先程までからっと晴れていた空は、
太陽の力が弱まるのを見計らったように、
雲が湧き、風が吹き上げ、視界を閉ざし始めた。
茜に染まった太陽が雲海に呑まれると、
もう周囲は別世界になっていた。

ガスの中にいるのにさらに濃いモヤモヤしたものが、
ものすごい勢いで走り回っていた。
戦慄し、避難小屋の中へ退避した。
この日はここで夜を明かす。
粗末な夕食を済ませ、友人GOさんの撮影に付き合った。
この山の上に大光量照明を2台も持ち込んでいた。
なんとタフな人なんだ…
ガスに光が乱反射して、周囲一帯が明るくなった。
里から早池峰を見た人は、山の頂が不気味に光っている、
と思ったのではないだろうか。
早池峰七不思議のひとつに、
「天灯 頂上に於て天より一点光の下降することあり。」
という一条がある。
撮影を終え、小屋に待避。
しばらくの後、屋外の厠へ行こうと戸を開けると、
扉の向こうは白い闇だった。ごうごうと叫び声をあげている。
このまま異世界に迷い込むんじゃなかろうかと恐怖したのを覚えている。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
目が覚めたのは午前1時頃だった。
それまでの悪天候が嘘のように、空は澄み渡っていた。
風一つない、物音一つ聞こえない静寂の世界。
それはそうだ。闇夜に跋扈する動物さえもここにはいない。
静まり返っているなんてものじゃない。
音が無いのだ。

明らかに睡眠が足りてないが、そのまま外で過ごした。
興奮で眠気がすっかり覚めたのだ。
やがて空が白んできた。
星が姿を潜めていく。
と同時に、東の空が朱に染まっていく。
夜明けだ。

いつの間にか人が増えていた。
ご来光を目当てに朝早くから登ってきたのだろう。
皆思い思いの場所に腰をおろし、太陽が生まれるのを眺めていた。

朝が来た。
様々なものが活動を始める。
風が動き雲が渦巻き鳥が飛ぶ。
自然の摂理なのだろうが、コンクリートに囲まれた生活をしている私には、
何もかもが新鮮だった。

下山。
目の前には里へ降りる道が長く長く続いていた。