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平成二十六年、一月十四日、小正月。

以前精力的に取材をしていた甲州の丸石道祖神。
その時の取材では、甲府盆地の東のはずれ、牧丘の道祖神祭りに興味を覚えたが、
あいにく祭りに立ち会う機会がないままに、いつしか忘れてしまっていた。

しかしこの度、マキオカネイチャークラブを経営するHさんと親しくなったことで、
かつての興味が蘇り、ついには牧丘の道祖神祭りを案内してもらえることになった。


Hさんの親類が暮らす生捕集落の道祖神祭りは夕方からだということで、
まずはその先の塩平の道祖神祭りへ。

塩平ではまだ日が暮れないうちから道祖神の前で獅子舞を舞うという。
市の無形文化財にもなっているので、観光客もちらほらといて、祭りに参加しやすい。

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金峰山系から流れ出る皷川を遡り、ずいぶんと山深くまで入ったところに塩平の集落がある。
集落の入り口には無数の石碑が立てられていて、一目で集落との境だと分かる。
道を挟んだ向かいにはちょっとした塚があり、摩利支天の腰掛松という松がある。
この塚に立つと、展望がすこぶる良く、遠く富士山まで見渡せる。
そう、隠れ住むには絶好の場所なのだ。
塩平は落ち延びてきた公卿が拓いたという伝承が残る。
集落の奥には公卿平、公卿の墓と呼ばれる場所もあり、住民は藤原姓が大半を占める。
こうした環境が華やかな道祖神祭りや獅子舞を伝え残してきたのかもしれない。

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集落全景

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集落の奥、氏神だと思われる神社。寄進者も藤原姓とある。



さて、集落の中心部にはすでに道祖神祭りの準備が整っていた。
(土地ではどんどん焼き、左義長とも呼ぶらしいが、確証が取れなかったので道祖神祭りとする。)

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道祖神を覆い尽くす小屋がオコヤ、手前にある色紙で飾られた柱をオヤマ、またはヤナギという。
これは生捕集落の古老に聞いた話だが、オヤマには養蚕の神が降り立ち、柱を倒す日にちも道祖神祭りよりも後日だとか。
道祖神のオコヤを焼くいわゆるどんど焼き系の行事とは、本来は別の括りだったものなのかもしれない。
興味深いのはオヤマの形。蜘蛛の巣のような菱形は何を表しているのだろう。菱形の角には箒が下げられている。
箒は元々神の依り代とされる祭具で、御幣と起源を同じし、祓ったり掃き寄せたりする意味を持つ。
となると、この蜘蛛の巣に神霊を搦め捕るのか??
・・・が、後で聞いたところによると、毎年新しい家事用具を下げる事になっているそうな。
養蚕の神といい、家事用具といい、今は極めて家庭に密接した祭祀となっている。


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それにしても立派である。。。
道祖神祭りでオコヤやオカリヤを作る風習は各地にあるが、こんなに見事な男根がいきり立っているのは初めて見た。
先端のみかんは、やはり男根の先端から飛び出る子種だろう。
その横には木の根で出来た小さな陰陽物。
道祖神はサイノカミと習合し、その音から塞の神、幸の神、性の神と転訛し、
性の神として、男女一対の双体道祖神やサルタヒコとアメノウズメ夫婦神が習合してくる。
ここ甲州は丸石道祖神が多いが、石棒、石皿、丸石は男女と子供の関係を示すことから、
やはり性の神の要素が強いのだろう。
それは古くは縄文時代の遺跡から、やはり石棒や石皿が祭祀遺物として発掘されることに起源を持つものかもしれない。


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午後四時頃、その立派な男根の前で獅子舞の奉納が始まった。
太鼓と笛のお囃子による、優雅な舞が空気を変える。

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道祖神の前での獅子舞奉納は一演目だけ。
日が暮れてから集会所で他の演目も舞うそうだ。
三番叟、ご幣の舞、剣の舞、狂の舞、幕の舞があるようで、
おそらく道祖神の前で奉納したのは御幣の舞なのだろう。
獅子舞は集落に帰って行った。


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さて、これからオコヤに火をつけるのだろう。
さすがにそのまま火をつけるわけではない。
オコヤをばらして道祖神の祠の隣に積み上げ、火をつけた。
そして、藁の男根を引っこ抜き、火に投げ入れる。


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火がついたら繭玉の登場だ。
小枝に付けた紅白の餅を煙であぶる。紅白の餅は男女を表すとも言う。
その形から繭玉と呼ばれるのは自然なことだが、オヤマが養蚕の神に由来すると聞いたことで、
道祖神と養蚕の関係が繭玉に現れていることが分かった。

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皆がお焚き上げに集中している間に、道祖神の祠を拝見。

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どちらとも双体道祖神。
かつて石和の老人に聞いたが、道祖神の祠の前には知らない間に丸石が奉納されるという。
それは安産祈願、または安産成就のお礼として人知れず納められるものだとも。
それは一例にすぎないかもしれないが、双体道祖神の前に丸石が納められている姿を拝見すると、
やはり子宝に関する祈願なのだと実感がわく。

さて。
燃やす前の写真を良く見てほしいのだが、祠の前に氷が奉納されている。
理由を聞いてみると、道祖神祭りは火伏の祭りなので、いつの頃からか氷を奉納するようになったとか。
ふむ。。。
なぜそうなったかの経緯はよくわからないが、火を扱うからそうなったのだろうか。
そう説明してくれた人の持つ御幣には「月天子 天照皇大神宮 日天子」と書かれていた。
神仏習合の名残だと思うが、天照大御神の脇侍に日天子・月天子とは。
もはや理由も分からないらしが、こういうところが民俗の面白いところでもある。

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道祖神祭りを引き上げて、後はHさんと共に生捕集落と塩平集落を行ったり来たり。
生捕集落の祭りの様子は次にまとめるとして、少しだけ覗いた獅子舞の写真を貼って、今回は筆を置こうと思う。


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