2011/06/15 (Wed) ご挨拶
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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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翌日、再び早池峰神社へ。
昨日の夜神楽は宵宮といい、本来は8月1日が例大祭。
これまで夜神楽は見たが、本祭は見たことがなかった。
それは何故かというと、夜神楽の後飲み明かして、
翌日はとても早起きできる状態では無いから…
というのは半分冗談なのだが、とかくこの早池峰神社例大祭、
夜神楽ばかりが知名度が高く、日本全国から観客が来るというが、
翌日の例大祭の話はとんと聞かない。
はてさて、例大祭とはどのようなものか?
私の期待は高まるのであった。

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神社に着くと早速、人が集まりつつある本殿前の広場へ。
本殿では、宮司が神事を執り行っていた。
外には裃を着た人々が、神妙に聞き入っている。
今回は中まで入ることは出来なかったが、以前春先の蘇民祭に来た時は、
宮司が御神前に献饌、祝詞を奏上し、
コマ(蘇民祭ではこのコマを取り合う)
を清めていた。
今回もかなり長い間、神事が執り行われていたようだ。

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本殿前に広場では、神輿や巨大な獅子頭が中心に据えてあり、
白装束姿の人々、山伏姿の人々、
白と青や黄を基調にした祭装束を着た子供達が、
緊張した面持ちで祭りの開始を待ちわびている。

祭りの開始は、本殿から出てきた宮司たちが、
御神体を神輿の中に移すことから始まった。
4~5人の神職者が輪になり
中心に抱え持った錦に包まれた(様に見えた)御神体を
衆目に晒さぬように神輿に運ぶ。
ちょうど私のそばにいた地元のおばさんが、
「御神体が見えたわ。運がいいわ。」
などと言っていたので、私もきっと運が良かったのだろう。
一瞬だったが、神輿の中心部にある小さな祭壇に、
御神体を移しているのが見えた。
なるほど、神輿にはちゃんと神を乗せるものなのだ。
こんな近くでその作業を見たのは初めてだったので、
改めて神輿の意味を認識したのだった。


そして、各集落の獅子頭が集まり、群衆が動き出す。

早池峰一帯の各集落には、必ず獅子頭があり、
早池峰神楽から伝播した神楽が伝わっている。
本来この神楽は、修験者のみが行う加持祈祷の舞であった。
それを、元禄から弘化にかけての百五十年間に起こった大飢饉の際、
豊穣を願う農民たちのために修験者たちが伝授したものだそうだ。
また修験者たちもその謝礼によって飢饉を乗り越えたのだという。
そこから、早池峰神社の神楽は発達して行ったのだ。


広場の混乱が次第に秩序を持ち始め、
ついには子供達と獅子頭達が輪になっていった。

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中心では、剣舞が行われる。
衣装からして、八幡だろうか。
昨夜の八幡は扇と弓が中心だったが、ここで舞われているのは、
剣と剣を打ち合う勇ましいものだ。
しばらく打ち合った後は子供たちの輪に混じる。
子供達はそれに合わせて内に外に御幣を振りかざす。
そして一連の舞を終えた後、行列は御輿を伴い
石段を降りて行くのだった。

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石段を降りた一行は、片方は鳥居脇の広場へ、
もう片方はそのまま神社外へ。
予想外の動きだ。私は迷ったが、
神社外へ延びる行列に着いていくことにした。
どうやらこの判断は正解だったようだ。
この後、神聖な儀式を間近で見ることが出来たのだ。
一の鳥居を潜り、そのまま宿坊街を抜けた一行は、
木々生い茂る山の中腹へ入っていった。

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つづく

















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