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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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山梨三大石の最後の一つ、大石神社は、
笛吹川に沿って延びる雁坂みちに案内板が出ているくらい、
観光名所としても有名のようだ。
先の立石神社とは、ちょうど天狗山を挟んで反対側、
天狗山の南麓に鎮座している。

長い長い石段を登り、たどり着いた先には社殿。
そしてその背後には、社殿を遙かにしのぐ巨大な岩。
それも一つではなく、複数の巨大な石の固まりが、
デーーーンと山頂に降っていたような印象だ。

祭神は大山祇命。山の神である。
だが、『甲斐國志』ではこの山は物部山であり、
そこに鎮座するのは物部神社としている。
現在物部神社は、大石神社から南西へ10km、
大蔵経寺山の麓に鎮座しているのだが、
そちらでは磐座などは見出すことが出来なかった。

巨大磐座の全容は、高さが12m、まわりが67m。
とても一枚の写真に収まるものではないので、
気になる方は現地に赴いてもらうしかない。
磐座をぐるっとまわると、岩と岩のすき間に
1m四方の空間があることに気が付いた。
そしてそこにはハシゴが…

061213_6552.jpg


これはどう見ても、「登れ!」
と言っているようにしか見えない。

とはいっても、この鉄のハシゴ、
何かに固定されているわけではなく、
バランスを崩すと後に倒れそうだ。
私は高いところ好きの馬鹿なのだが、
このハシゴはちょっと怖かった。

さて、それでも登り終えた私。
眼の前は空。
そして眼下にはさっきまで磐座を眺めていた社殿、
遙か遠くには山梨市街が見下ろせる。

061213_6553.jpg


山頂の磐座の上に胡座をかいて、そっと目を閉じると、
日々の生活や社会の喧噪などはすっと頭の中から消え去り、
古い昔にタイムスリップした気分になれる。
巨大な磐座は人類がこの地に住み始める以前から、
ずっと同じ場所に鎮座していたに違いない。
かつては選ばれたものだけにしか、
磐座に触れることは出来なかったのかもしれない。
もちろん、上に乗ったかどうかなどは分からないが、
権威を手にした一部の人間は当然の欲望として、
辺り一面を見渡すことの出来る巨大な岩の上に立ったことだろう。
はたまたやんちゃな若者などは、こっそり岩の上に座り、
仲間と夢を語り合っていたかもしれない。
時には緊急時の見張り台として、軍に使用されていたかもしれない。
ただ確実に言えることは、巨大な岩の温もりと、
岩の上から見る空は、何時の時代も変わらないということだ。

061213_6530.jpg


大石神社境内には、頂上の磐座の周りにも無数の大石が転がっている。
全てに名前が付いているのだが、とても覚えきらないので割愛。
印象に残ったのは、社殿の左にあった丸っこい大石で、
笠石神社と同じく、三つそれぞれに祠を持っている。

061213_6562.jpg


笛吹川流域と言えば、丸石道祖神の集中地帯。
考えようによってはこれも巨大な丸石道祖神みたいなものだ。
丸石信仰と笛吹川北岸の山の関係は常々気になっていたのだが、
巨石を産出する山のが、丸石信仰の中心地にあることは
とても興味深い。

061213_6578.jpg


あまりの石の多さに少々飽きてきた頃見つけたのが、
不思議な木の鳥居。
後には大石があり、上には祠が乗っているのだが、
この半分倒れかかった立派な鳥居がとても印象深かった。
確か後の石は烏帽子岩と名付けられたいたはずだ。
名付けられている石もあれば名付けられていない石もあり、
その基準はよく分からないのだが、
とにかく無数の石がある。
大石神社というよりも、天狗山自体が一つの磐座群なのだと思う。
あまり天狗山登山の話は聞かないが、
山頂に何があるのかちょっと気になるところである。



















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