2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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3月18日、私は宮城の田園風景の中にいた。
抜けるような青空、流れゆく雲、
いや、そんな悠長なものではない。
遮るもののないだだっ広い平野に、突風が吹き荒ぶ。
何年か前の冬、同じ宮城の米山の道の駅で車中泊をしたことがあるが、
その時も車体を揺さぶる突風に、身を凍えさせた覚えがある。
この辺りの冬は、いつもそうなのだろうか。

前日、早池峰神社蘇民祭の後は盛岡市街をぶらぶらし、
その夜は花巻の鉛温泉に泊まった。
18日は、夜には自宅に戻りたかったので、
日中は岩手より駒を進めて、宮城でウロウロとしていたのだ。
古川インターからほど近い、大崎市上野目、
その名も荒脛巾という地に鎮座まします荒脛巾神社。
といっても、田圃の中にポツンと佇む、とても小さなお社であった。

トンビさえ揉まれ流され頼りなく舞う風の中、
私は意を決して車を降り、ロングコートの裾を
尋常じゃないほどたなびかせつつ、田圃の中の浮島のような、
小さなお社に続く一本道を歩いた。

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案内板にはこうある。

祭神 祖神として天地水の三神を基とし、
日輪を父なる神、万物を育む地水を母なる神とする
自然神信仰で二千年に及んで鎮座する産土神です。

由来 古代先住民(アラハバキ族)の祖神、
守護神として祀ったもので、ある文献によると、
東北、関東の地に600余社数え平安期のアラハバキ系中心王侯は
南部衣川、安倍氏が後裔と言われる前九年の役後、
改神或いは合祀の憂き目にあい現在県内にのこるアラハバキ社は
当社ほか数社の語鎮座が見られます。

祭祀年 定かではないが、アラハバキ族の王城の地を
西暦前に米山町朝来に、また西暦後、多賀城へ、
そして古川市宮沢(302年)に移したとある。
これを証とすれば、このいずれかの時代にこの地に
一族集団が安住の地をもとめ守護神として祀ったものと
推定される。

あまりも意表を突く文章だった。


実際、アラハバキ信仰とは何か?
私には「分からない」としか言いようがない。
この日記でもこれまで幾つかアラハバキに関するものを紹介してきた。
http://miyokame.blog82.fc2.com/blog-entry-24.html
http://miyokame.blog82.fc2.com/blog-entry-23.html
http://miyokame.blog82.fc2.com/blog-entry-22.html
http://miyokame.blog82.fc2.com/blog-entry-3.html

この神社の由緒書きに書かれていたアラハバキ族とは、
『東日流外三郡誌』という文書に基づくもののようである。
東北を中心にしたアラハバキ族の歴史を語るこの文書自体は、
昭和の世に捏造されたものだと言われているが、
そうだとしても、こういった文書が作られることには、
それなりの理由があると思う。
それほど東北にはアラハバキ信仰が根付いていると言えるのだろう。

しかし、アラハバキ信仰は東北に限ったことではない。
リンク先の4つめ、三河から遠江西部に掛けても、
アラハバキ信仰の面影は残っており、
有名なところでは、三河国一宮砥鹿神社の摂社が荒羽々気神社である。
また、信頼のおけるサイトの調査した分布を見ると、
出雲国と武蔵国にもアラハバキを祀る神社が多い。
これは、武蔵国のアラハバキが、
出雲系の氷川神社の摂社に多いことに起因し、
このことからアラハバキは製鉄に関係があるのでは?
とも言われている。

その他にも、”ハバ”が蛇の古語を意味することから、
蛇信仰=縄文系古代祭祀の中心 とする説や、
さらにはシュメール語説、インド鬼神説、etc…
数えたらきりがないほど説があるのだ。

ただ、現在における民間信仰の形としては、
ハバキ=脛巾(脛当て)として、旅や足の神様として、
またはイボの神様として祀られていることが多いようだ。
そして上野目の荒脛巾神社も、その例に漏れることなく、
みずいぼの神様として祀られていたのだ。

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半ば開いた扉から中を覗いてみると、
布や靴やその他諸々雑多なものがごちゃ混ぜに、
壁一面にあふれかえっていた。
明るい日中のこととは言え、たった一人で訪れていた私には、
この何ともいえない異様な雰囲気は恐ろしかった。
逆にいうと、その得体の知れないおどろおどろしさこそが、
現代の世に民間信仰が切り捨てられずに生き残っている証しなのだ。
こんな小さなお社なのに、これほどの奉納品があると言うことは、
この集落だけでなく、様々な場所から人が訪れるのだろう。
私のような一介の民俗ファンが訪れるよりも、
ただし信仰心から訪れる人の方が多いに違いない。

そして、このお社の裏にはさらなる奇妙なものがあった。

つづく





















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