2011/06/15 (Wed) ご挨拶
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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何かのお導きなのだろうか。
石笛を授かった。


4月8日、私は遠州にいた。
昼頃、エスパルス戦を観戦に来た妻を日本平スタジアムで降ろし、
私は一路、遠州に向かって高速を飛ばした。
遠州七不思議のうちの幾つかに興味があったので、
それをこの目で確かめてきたのだ。

見聞を終え日本平に戻ろうかと思ったが、
まだ待ち合わせの時間には少しある。
せっかく海の近くに来たのだ、潮の香りでもかいでいこう、
と、車を海岸線の近くまで走らせた。

私のカーナビは、すぐに迷子になったり
海や山に突っ込んだりする困りものなのだが、
神社仏閣名勝だけは、なぜかしっかりと表示する。
そのときも、ナビ上のとある場所にある神社がやけに気にかかり、
もののついでにそこを訪れてみた。

そこはなんの変哲もないよくある名前の神社で、
歴史は古いようだがこれといって見るものはない。
一応お参りをし、社殿の裏に回ってみたが、特に何もない。
無駄足だったかな?と思いつつも、
ふと、普段は注意深く見ないような石塁に目をやると、
一部に不思議な石が使われていた。
無数の小さな穴が空いていたのだ。


江戸時代後期の国学者に、平田篤胤という人物がいる。
本居宣長によって確立した国学を、
その跡を引き継ぐ形で確固たるものにした人物で、
純粋なる神道を尊重したその思想は、
後の尊皇攘夷に影響を与え、明治維新の原動力となった。
その平田篤胤が学者として脂の乗ってきた40代のとある時、
不思議な笛を得る夢を見たという。
その夢のことが忘れ得ぬまま、東国三社参りの旅に出た帰り、
道中立ち寄った銚子の神社で、夢に見た笛とそっくりな石が、
神社の拝殿に沢山供えられているのを見る。
どうやらそれは、近くの海岸に打ち寄せる石を
氏子の村人たちが奉納したものであった。
篤胤は神主に譲って貰えぬかと頼み込んだが、
神様の供物を見ず知らずの人にあげるわけには行かぬ、と断られる。
それでも散々食い下がり、最後には何とか手に入れた。
それが現在、渋谷の平田神社に残っている石笛である。
篤胤はこのことに感動し、屋号を「伊吹乃屋」に改名。
これ以降、さらに学術に磨きをかけていったとのことである。
※この顛末については、篤胤の弟子が著した
『天石笛之記』を読まれたし。

実は石笛については、秋頃からずっと気になっていた。
海岸や川原を訪れるたびに小石を注意深く見ていたのだが、
これまで一向に見つけることは出来なかった。

石笛は、古くは縄文遺跡からも出土している。
言うなれば古代の楽器だ。
現在でも京都の地主神社では神事に演奏されるという。
石笛の発する音は、犬笛のような高波長を伴うもので、
神に通じる高貴な音色として、呪術的な場面で使用されるそうだ。
といっても平田篤胤の石笛は、法螺貝のように
「ぶぉ~ぶぉ~」と鳴ったそうだが。


偶然たどり着いたこの神社では、奉納の形こそしていないが、
石塁に穴の空いた石が使われているのなら、
近隣で穴の空いた石が手に入る場所があるということ。
私は無性に海が見たくなった。

神社から道なりに丘を降りると海に行き当たった。
車を停め、堤を越えて海に寄る。
残念ながらそこはコンクリートの波止場だった。
薄暗く曇った空に、海はどんよりと波を湛え、
期待は裏切られたような感じがした。
それでも辺りを見渡すと、小川の流出口の近くに、
波に洗われた赤い岩があり、岩の背後はわずかに浜が出来ていた。
広さは一坪もなかったと思う。
だが小石の浜に降り立った途端、目の色が変わった。
穴の空いた石が沢山あるではないか!
私は真っ先に手に取ってみたのが、写真奥の石。
両手で包み込むくらいの大きさで、
正面の穴が貫通している。
顔を近づけてみた。
強烈な磯の香りが鼻を突く。
貫通している穴に息を吹き込むも、
すぅすぅと鳴るだけで音が出ない。
それでも最初に手に取ったのは何かの縁。
形が気に入ったこともあり、この石を持って帰ることにした。
他にちゃんと鳴る石がないか探し回る。
めぼしいものに息を吹きかけ、綺麗な音が鳴ったのが
右の3つ穴の石であった。


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夢中になってい探している内に、辺りはずいぶん暗くなった。
そろそろ帰ろうと堤の手前の車まで戻ったが、
漠然と、「何かお礼をしなくては」と思い、再び浜へ。
赤岩を見て思った。岩の上で海に向かって奏でてみよう。
だいぶ潮が満ちてきている。
靴が濡れないように注意して岩のもとに進むさなか、
ちょっと気になる石があり、それを拾って息を吹きかけた。
軽く吹いただけなのに、先に拾ったどの石よりも
気高く、研ぎ澄まされた音が鳴る。
これこそが授かりし石笛だ!
赤岩の上に立ち、遙か波の彼方へ向けて笛を吹く。

「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ......」

天にも届きそうな高い音色が耳を貫きぬけ、
周囲の波音を脳裏から消し去った。
しばしの静寂。

古来、石笛は招魂や神降ろしの儀式に使われたという。
縄文遺跡から出土する石笛は、その由来の古さを伝え、
江戸時代、廃れゆく神道研究を再興した平田篤胤は、
石笛に注目し、「八重事代主神は天石笛を製りて、
皇美麻命に奉りて、祝ひ給ふ」と、由来を神代に求めた。
その篤胤の影響を受けた神道霊学中興の祖・本田親徳は、
鎮魂帰神法において石笛を使用するようになり、
親徳に奥義書を授かった古神道家の出口王仁三郎は、
大本(大本教)においてその秘伝を継承した。
大本が現代の新宗教に多大な影響を与えているのは
言うに及ばないだろう。

また、神道や宗教家と離れた方向では、
口笛に代表される俗信がそれに近い。
夜中に口笛を吹くと蛇がでる、お化けが出る、
といった民間伝承は広く日本に分布しているし、
沖縄では魂(マブイ)を幽霊に盗られてしまう、
精霊(キジムナー)がやってくる等、
より霊性に近いものを呼ぶと伝わる。
東北岩手では、風を呼ぶ、嵐を呼ぶと伝わるそうだが、
口笛の音が風に似ていることの連想と、
水や風を司る蛇の信仰とが合わさったものかもしれない。
いずれにせよ、笛は霊的な何かを呼ぶものと
捉えられていたようだ。

笛の音は脳に心地よい残響音となり、
現実はふたたび波の音に呼び戻された。
そして私は海の彼方に感謝を述べ、帰路についたのであった。



 


○追記

なんと、この石笛たち、海から離れて乾燥してくると、
ボロボロと崩れ始めた。
特に穴の貫通していた二つは、半月の間に割れてしまった。
材質が泥岩なのだろう。
割れた断面から小さな貝殻が出てきた。
柔らかいから穴が空きやすいのである。

それでも、最後に見つけた小さな笛は、
そもそも石の種類が違い、少しも割れる気配がない。
もしあの時、もう一度海に引き返さなかったら、
この石笛は授かっていないわけで、
これは何かのお導きとしか考えられない。
ある筋の話によると、石笛はその持ち主1人だけの、
最高のお守りなのだそうだ。
持ち主が亡くなったとしたら、今度は霊界でその方を守り続けるとのこと。
この石笛は、後生大事にしようと思う。

















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