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2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その2
2011/05/13 (Fri) 東北巡礼 その1
2011/01/02 (Sun) 万治の石仏
2011/01/01 (Sat) 諏訪大社 蛙狩神事

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5月23日

丹生都比売神社を後にした一行は、立里荒神社を目指した。
とはいえ、立里荒神社に行くには高野山の門山を通って行かなくてはならない。
時間の都合も考えると、そのまま高野山に参ったほうがいいのだが、
正しい参拝順序は 丹生都比売神社ー立里荒神ー高野山 らしい。
なので、高野山の門前で胡麻豆腐を食べ一服、
そのまま荒神岳に向かった。

高野龍神スカイライン(スカイラインと言っても普通の山道)を進み、
途中から脇道に入っていく。
いつのまにか周りの山々が眼下に見える高所まで来ていたが、
そんなところにも集落があったりして驚いた。

雨はどんどん強くなる一方だ。
胡麻豆腐屋で聞いた情報によると、この暴風雨で、
高野山に通じる道の一つが倒木で塞がれたらしい。
そんな嵐の中、立里荒神社にたどり着いた。

立里荒神社


意外なことに、駐車場には車がチラホラと停まっていた。
バスも停まっている。
この嵐の中、参拝客がいるということか。

立里荒神社


立里荒神社


立里荒神社は山の上に鎮座しているので、
駐車場から長い石段を登っていく。
驚いたのは、その参道に隙間なく白木の鳥居が立っていることだ。
これは、それだけ信奉者が多いということ。
これまでそれなりの数の神社を巡ってきたが、
これほどまで鳥居が連なったところは見たことがない。

立里荒神は弘法大師の勧請した神。
弘仁七年、高野山伽藍を開基しようと初めて高野山に上り、
地鎮の法を修していたところ障碍を起こすものがいる。
汝は何者ぞ?と問うと、荒神岳に住む神だという。
自分を祀れば、三宝荒神と変じて大願を成就させるとのこと。
弘法大師は板に三宝荒神の絵を書き、御神体として祀り、
一七日の間荒神供を修法した。
すると障碍は一切なくなり、無事高野山を開くことが出来たとのこと。

現在の御祭神は火産霊神と誉田別命。
三宝荒神は火の神、かまどの神としても知られ、火を使う職業の信奉が篤い。

また興味深い話として、立里に伝わる「お辰」の民話がある。

 妙谷(たいたに)というところに大きな滝がある。妙谷の滝という。
昔、ここに平家の落人という杓子屋(しゃくしや)が住んでいた。毎日杓子(この村ではシャモジという)を作っていた。
 また近くの山小屋にお辰という娘が住んでいた。この山小屋へ毎夜、若者が遊びに来た。娘は、ふしぎに思い、若者の着物へ糸をつけて帰した。明日、糸の行方をみると谷をへだてた滝に入っていた。まもなく娘は身ごもった。生んだ子は人間の赤子ではなく蛇の子でタラヒに七はい生んだ。七峠の見えるところへ埋めてくれといって母子とも死んだ。そこで荒神さんから立里へゆくところの七峠の見えるところへ埋めて墓を作った。
 立里の中岡卯之吉さんという人が高野山からの帰途にこの葬式に出会った。死骸を入れた長持が余りにも立派であったので驚いているのに「これは普通の人ではない。平家の落人の家筋だろう」と思った。
 ところが、このお辰墓も時代の変遷で道路拡張のために墓を奥の方へ移すために掘った。
その時、足のスネの骨が出た。女にしては余程背の高い人だと思われた。動物の骨でなく正しく人間の骨であった。蛇の子というのは、今いう月足らずのブドウ子のことで流産したのではないかという。

蛇神にまつわる異類婚姻譚でポピュラーな、蛇神様の夜這いの話。
三輪山の大物主の話が有名だが、立里でも同様の話があるのが興味深い。
タタリ神が守護神になるという経緯が大物主と重ねられたか。
蛇神として挙げられることの多い「杓子=シャクジン」
を示唆する登場人物といい、なかなか興味深い。


立里荒神社


立里荒神社


それはさておき、写真を撮ろうと構えていると、
幼い子を連れた参拝者が通りすぎていった。
こんな暴風雨にもかかわらず、偉いものだ。
参道は途中でつづら折りになりながら、更に上まで続いていた。
私はかろうじて折りたたみ傘をさしてはいたものの、全く意味を成さない。
レンズに付く水滴をぬぐいながら、風に飛ばされぬよう参道を登って行った。

参道を登りつめると、そこには信じられない光景が待っていた。
この暴風雨の中、この辺鄙な場所にもかかわらず、
参詣者で溢れていただのだ。
酒をまいたり、生肉をまいたり、、、

先客たちが去った後、参拝。
一通りの参拝を終え、同行者たちは先に歩き出したが、
私は静かになってから写真を撮りたかったので、その場にとどまった。
真正面から向きあって、写真を撮る。
なんとも言えない力強さに引き込まれるような思いがした。
吹き荒れる風雨に殴られるまま向かい合っていたから、
一層そう感じたのかもしれない。
とにかく人々の思いのこもった、力みなぎるお宮だった。

立里荒神社





*なお、高野山では知り合いのお坊さんを訪ねて宿坊を案内してもらったものの、
 結局天候と時間と体力の問題で奥の院には参拝せず。
 日記も又の機会に。


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